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> No.10702[元記事へ]
横道通行人さんへのお返事です。
今、我々は日本列島という地域に住んでいるわけです。元々いた住民は縄文人といわれていますが、実はDNA研究から、縄文人の末裔であるアイヌと沖縄人が同じ民族であり、その源流はインドネシア、赤道方面の海洋モンゴロイドであったといわれています。
今のフィリピン〜インドネシアは、地球上最大の島嶼群ですが、これは地殻変動によって沈降した結果であり、元は一つの大陸だったようです。
その名はムーと考えています。
縄文人が日本に定住し「蝦夷」となったあとにも、いくつかの民族が移住してきました。
第一に、中国です 蘇州という運河の多い都市がありますが、ここが春秋時代における呉越戦争の呉(三国志の呉とは別)の国でしたが、越(紹興酒の故郷)と戦争して敗北し、当時の都市国家(春秋時代の国とは都市を指した)間戦争では、敗者は「坑」という刑罰で、国民全員が大きな穴に入れられて生き埋めの皆殺しにされる習慣があったようです。
これを恐れて、呉の人たちは国ぐるみで逃げ出して現在の、有明海に上陸し、柳川市周辺に移住したと考えています。これが弥生人の原型でしょう。
その最大の証拠は、三国志の著者が 倭国について「我らは呉の太伯の末」と語ったと記述していることで、呉国の持っていた船の技術、照葉樹林帯文化、呉服や青銅器など、あらゆる民俗学的証拠がそれを裏付けています。
すなわち、我々日本人は、元々、中国からの避難民であり、先住民であった縄文人を排斥しながら拡大したのです
そして、日本海側北方では、大陸ツングース人による海洋交易が盛んで、今の秋田〜北海道日本海側の人たちの先祖になったツングース人(オロッコ)が大規模に定住しました
さらに1800年前から1200年前にかけて、朝鮮半島の百済という国が、唐新羅連合軍と戦争して敗北し、日本列島に逃れてきて、国ごと移住して日本に定住することになります
これが、天皇家や秦氏、源平藤橘など武家階級で、彼らは高度な文化的素養のある能力の高い民族であったため、日本列島の支配者となって現代に至っています。
一番大切な視点は、地球という大地の上で、同じ民族が定点居住してきたという例は皆無であって、戦争により大規模な移住が繰り返され、弱者は淘汰され、強者が拡散して繁栄するという原理です
今、地上で最大勢力となっているのは中国モンゴロイドであり、彼らが内戦により四分五裂しながら周辺国家群に逃避あるいは浸入し、先住民を駆逐して新たな主人公になる運命は避けられないのです
我々自身が、実は2600年前に、蘇州からやってきて先住民を駆逐した侵入者の末裔である可能性が高いのです
インベーダーに恐怖する我々こそ、インベーダーその人だったわけです
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